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身をもって学ぶ職人の技術、そしてゲームとの出会い - 札場哲の絵描き回顧録 第3回 –

グラフィックデザインから印刷のことを徹底的に学ぶ
5年間絵や色のことを学んだハワイから帰国。
すぐに、一番凄いと思えるデザイン会社を探し回った。
社員として給与を貰いながら、さらなるレベルアップができる。
そんな環境を求めて。

ハイレベルな職人集団の会社へ

アメリカから帰国後、色々な会社の面接や試験を受けながら理想の環境を探していた。
まだ一般的にコンピューターが普及していない時代のこと。

そして出会ったのが、とある会社だったんだ。
外観は全然オシャレな感じではないけれど、デザインルームと撮影ルームおよび、現像室などさまざまな設備が備わった会社だった。
社員は10人でデザイナー、イラストレーター、レタリング、フォトグラファーと揃っていて、版下まで制作できて当たり前とされていた。
平均年齢はなんと60歳以上!
職人たちがあつまったような会社で、ここならレベルアップできると確信した。

そして、そこで出会ったのが初めて先生と呼べるような人物。
先生は当時70歳を過ぎていたんじゃないかな。
それでも毎日最前線でデザインやイラストを描いていた。
と言うより、描き続けていたというほうが正しいかな。
先生は、「絵描きが描くのをやめた時はそれで終わり、もう上達することはないし、毎日何かを描くことが必要だ」といつも口にしていたなぁ。
「その通りだ」と僕は共感した。
今でもこの教えを守り、毎日頑張っています!

水彩画にエアーブラシを取り入れた、先生のイラストは凄かった。
また色彩は日本の伝統色で、今まで僕が触れたことのなかった色使い…。
どんな感じの絵だったか、文章ではなかなか表現できないなぁ~。
先生からは、僕が一番リスペクトする日本のアーティストと同じようなイメージを受けた。
この先生の技術と色彩感覚を間近で感じて、絶対にモノにしたい!

他の職人さんたちも凄かった。
レタリングもフリーハンドで描いた文字はまるで印刷されたよう…。
明朝体やゴシック体など自由自在だった。

また、全員使う道具は自分に合うよう筆や定規など改造して使っていた。
人それぞれ描く癖があり、道具を改造して使いやすくすることは当たり前だった。
現代では、そんな職人のようなグラフィックデザイナーはもういないのではないだろうか。
「達人は道具を選ばず」は嘘だな(笑)。
僕も水彩画で使う道具は全て改造していますし、コンピューターを使う時もモニターの角度やキーボード、マウスおよび、デスクトップのアイコン配置など決まっています。

それに、印刷についても色々と学ぶことができた。
イラストやデザインに関わる人は最低でも以下の印刷方法について知っておいた方がいいんじゃないかな。
自分が描いたイラストがしっかり表現されているか、それはとても重要なことだからね。
調べてみてね!

◆オフセット印刷(平版:へいはん)
◆活版印刷(凸版:とっぱん)
◆グラビア印刷(凹版:おうはん)
◆スクリーン印刷(孔版:こうはん)
◆オンデマンド印刷

一番リスペクトする日本のアーティスト画狂老人卍

画狂老人卍とは、葛飾北斎が晩年に改名した名前のこと。
北斎の70歳後半から80歳を超えたころの肉筆画はとにかく凄い!!!
僕は北斎晩年の肉筆画をこの目で見たとき、言葉で表現できないくらいの衝撃を受けた。
もしかしたら海外の有名画家の中にも、この人の作品に大きく影響されている人がいるのではないだろうか。

北斎が描く絵の構図と色彩は繊細であるのに、とんでもない迫力がある。
絵やデザインに関わる人なら、ぜひ北斎晩年の肉筆画を見て損はないと思うよ。
また、この人はこの時代でアニメーションを描いているのかと思わせるような絵もあり、今でもかなり影響を受けているし、目標でもある。
僕が好きな画狂老人卍の作品は以下のもの。

◆富士越龍図
◆八方睨み鳳凰図 下絵
◆木曽路ノ奥阿弥陀ケ滝
◆文昌星図
◆鍾馗騎獅図
◆手踊図
◆怒涛図

北斎のことを語るとキリがないので、このぐらいに!
みなさんも北斎に限らず、色んな原画を見てみてね。
Webや本で見ているのと全く違うし、絵を描く人にとってはとても勉強になるんじゃないかな。
原画には、「気」がある。
そう僕は思っている。

「自分が操作して動かせるぞ!」ゲームとの出会い

グラフィックデザイン会社に勤めて7年が経ったころ、ドットでピンポンをするコンピューターゲームが世の中に出現した。

「これは面白い!!」

直観的に感じた。
ゲームの時代が来るのだと。

そして、任天堂のファミリーコンピューターが発売。
「絵や文字が自由自在に動かせるじゃないか!」
今まで習得してきた絵の技術をコレに活かすと凄い物ができ上がるんじゃないか。
考えるだけでワクワクした。

早速、本屋さんへ行きコンピューターについて調べまくった。
「コンピューターゲームってこんな風にできているのか」と理解したと同時に、この世界で培った絵の技術を活かしたいと思いました。
そんなある日ゲーム雑誌を見ていると、「ゲームイラスト描ける人募集中」というページを見つけたんだ。
よし! イラストを描いてこの会社に応募しよう!

その会社はチュンソフトというところで、応募してから2日ほどで大阪に社長と社員の方が足を運んでくれた。
「直ぐにでも東京で一緒に仕事をしましょう!」と言われ、即OKしました。
グラフィックデザイン会社の先生も「新しい世界で絵やデザインを進化させてこい」と、喜んで送り出してくれた。
惜しむらくは、これが先生との最後になってしまったこと。
住むところも用意してもらい、心配することなく家族揃って大阪から東京へ。
まだ見ぬゲームの世界が待っている。
期待を胸に、新たな世界へと飛び込んでいったのだった。

★今回はココまで、次回ファミコンゲーム編をお楽しみに! bye bye!