1. HOME
  2. タメになる
  3. 編集者って実際なにする人?

編集者って実際なにする人?

バイクが壊れてしまい、絶賛修理中です。
徒歩+電車という拷問のような通勤によって、仕事どころか人生に対してやる気がおこらないあびーんです。
さて、僕はもともと出版出身だったこともあり、一時はディレクターと呼ばれるのがすごく嫌でした。
みんなが名刺にディレクターと記載している中、僕だけが編集者という肩書を使用していた、そんな若い頃もあったのです。
でも、実際に編集者ってなんでしょうか。
今まで、多くの編集者やディレクターの方々とお仕事をしてきたので、主観ですがその違いを考えてみようかと思います。

編集者は「売れる企画を形にする」

ディレクターには、その立場であったり媒体によって、役割はさまざまです。
たとえば、クリエイティブディレクターとアートディレクター、またはWEBであるか紙であるかによってもだいぶ異なるでしょう。
それは編集者でも同様です、書籍の編集者と漫画雑誌の編集者では仕事内容がだいぶ違いますし、月刊誌の編集者ともなるとそもそも世界が違うんじゃないかと思えるほどです。
すごくざっくりと何が違うかというと、書籍の編集者の仕事は、売れそうな企画を出して、その本の内容を考えて、著者に依頼して、文章や構成を編集することです。
プロモーション周りまで担当することもありますね。
漫画雑誌の編集であれば、売れそうな企画を考えて、作家と一緒に漫画の内容をつくっていって、ネームにアドバイスをして、といった感じです。
対して月刊・週刊誌の編集者は、常に旬の情報を掲載する必要があります。
それは時に、雑誌の売り上げ自体に直結するためです。
そのため、情報誌であってもファッション誌であっても、例外なく「記事の差し替え」という現象が起こってしまうのです。
僕も月刊誌の編集者をしていたときは、入稿日だというのに差し替え指示があったりして、突貫で記事づくりをしたものです。

これがWEB媒体であると気楽です。
もちろんそれはそれで大変なこともあるのですが、入稿日というものが存在しないので、記事を追加したり、内容を差し替えたりすることが自由なんですよね。

と、細かい部分に違いがありますが、変わらないのは「売れる企画をつくって、内容を編集して形にする」ということです。

“つくる”という目的に至る道が違う

ディレクターと編集者の違い、僕は昔から「広告をやっている人と出版の人」なんじゃないかと思っています。
厳密に言えば、「広告出身の人と出版出身の人」でしょうか。
さまざまな人たちと出会ってきて、ディレクターは細やかな人が多いし、編集者は面白い(面白いことを考えている)人が多いと感じたのです。
もちろんディレクターにも面白い人はたくさんいますが、「面白い」の質が違うと思ったんですよね。
それはなぜだろうか、と考えました。
やっぱり、一番違うのは仕事の仕組みじゃないでしょうか。
広告をつくるとき、必ずと言っていいほど存在するのがお客さんです。
必然、その出来をまず評価するのはお客さんになってくるわけです。
それに、広告をつくる理由とは、「何か」を売るためです。
つまり、おおもとに何かしら商品が存在していることが多いわけです。
商品といっても、それは会社自体かもしれないし、なんらかの作品かもしれないですが。

対して出版の場合は、お客さんとはエンドユーザーです。
エンドユーザーを楽しませることが、売り上げにつながります。
また、何かを宣伝するための媒体ではないため、ゼロからつくり出す必要があります。
これは極論であって、もちろん広告媒体であっても、デザインやコピーはほとんどゼロからつくります。
出版媒体も、結局は数字が重要なことは変わりないので、楽しい・面白いだけでは商品として成立しません。
ただ、同じように「なにかを生み出す」という着地点があっても、そのアプローチの仕方がまったくと言ってよいほど異なるのです。 それが性質の違いにつながっているのではないかと思っています。

形にするために人を集める

じゃあ、編集者には結局どうすればなれるのか。
もちろん求められる資質は、手がける媒体によって違うので一概には言えません。
ただ、前述したように、僕は「編集者」という響きにちょっとこだわりを持っていました。
なんなら今も、腹の中ではこだわっているのかもしれません。
だから、「こうあるべきだ」というより、自分の中での「こうありたい」という願望をちょっと書いていきたいと思います。
そんなもん、日記帳に書いとけよ! という人はスルーしてもらえるとありがたいです。
嘘です、本当は適当でいいので読んでいってほしいです。

まず第一は、面白いことのために動ける人であること。
面白いといっても、笑えるということだけではなく、読者に興味を持ってもらえるということです。
本を出版するにしても、雑誌の中のいち記事であったとしても、面白くなければなんの意味もないのです。
面白いものが必ずしも売れるとは限りません。
が、面白いものをつくり続けたほうが、売れる可能性は絶対に高いですからね。
だから、編集者は面白いことが大好きで、どんなことにでも面白さを求めるような、そんな面倒な人でなければならないと思っています。
どんな些細なことにでも“面白さ”を発見し、それを形にするにはどうしたらよいかを考える。
もちろん、それがすべて商品としてかたちになるわけではありません。
でも数多くの“面白さ”の中から、みなさんが手に取ってくれるような本が生まれるんじゃないでしょうか。

第二に、子どもっぽい人であること。
とはいえ、「僕は永遠の子供だから」とかそういうことではありません。
子どものようにさまざまなことに興味を持って、子どものように自由な発想ができるということです。
子どもは、社会の事情なんて考えませんよね。
もちろん、仕事をするうえで、大人の事情ってものを考慮することは大事だと思います。
ですが、そこにとらわれすぎて発想の自由さを失ってしまったときは、現場としては引退かなぁなんて考えています。
自由な発想をしつつ、最終的にそれが現実的であるかどうかを考えるという、バランスが重要なんじゃないでしょうか。
第三に、人づきあいを仕事の一部として、かつ自分自身の楽しみとして捉えられるということ。
仕事というと、作業を進めることと思いがちです。
打ち合わせ以外で人と会うことを、ついついないがしろにしてはいないでしょうか。
人との会話では、面白い企画が生まれることがあります。
そして何より、人とのつながり自体が企画につながったり、その後の仕事にもつながっていくのです。
もちろん、そういった打算で人と付き合えと言っているのではありません。
無駄と思われがちな人と会うことには、しっかり意味があるので、安心して仕事として考えましょうということです。
そして、人と会うことを楽しむこと。
仕事とだけ考えていると、面白いことなんて生まれないのではないでしょうか。
捉え方次第で、「私生活を切り売りしろ」というブラックな考えに聞こえるかもしれません。
でも、仕事とプライベートをしっかり区別すること自体はいいんですよ。
ただ、人と会うこと、その時は本気で楽しんだらいいんじゃないかと思います。
結局、編集者は特別な技術があるわけではありません。
面白いことを思いついて、それを形にするために人を集めることができる。
それが資質なんじゃないでしょうか。
ついでに第四の資質。
自分に限っては何とかなるとか思っていること。
できないと決めたらそこで終わってしまうし、どんなトラブルだってたいがいは何とかなっちゃうものなんです。
入稿日前日に、30Pが手つかずだったとしても、意外と下版までもっていけたりするのです。
そのくらい仕事を舐めてないと、なんか辛いし、楽しくないんじゃないかなと思っています。
あくまで、あびーんの思う編集者像ですし、理想像だったりするので、参考までに!
いつか編集者の方々と座談会なんてやりたいですね。
ではまた!

関連記事